2005年01月07日

新古書店で溜まる本

ええ、年末年始と申しますと大掃除の時期でございまして、ある人にとって大事なものでも他人から見るとゴミ同然という場合もよくあることでございます。
本やCDなんていうのもそんな中に入りがちでございまして「ちょっとあんた、そこに積んである本、邪魔だから捨てなさいよ」ってなやり取りがあるんでしょう。また、ベッドの下のエロ本を不用意にゴミに出したりした日には身の破滅につながってしまうといったこともございましょう。新古書店に大量の買取が持ち込まれる時期でもあるのでございます。
ひどいときにはもう店内ディズニーランド状態でございまして、「はーい買取のお客様、こちら最後尾、1時間待ちになりまーす」ってなぐあいで、まあ待っていただくお客様には申し訳ないんですが、こちらの処理能力にも限度がある。かくして、一日中買取を続け、倉庫は商品で溢れかえるわけでございます。


新古書店というのは委託販売の新刊書店とは大分違いまして、基本的には(状態が悪くない限り)来る物は拒まず、という商売でございます。まあ、中にはどんなに綺麗でも買い取りできない商品もございますが……いや、96年発行の着メロの本や、80年代の旅行のハンドブックとか持ち込まれても困ってしまうわけでございまして。いや、来月旅行に行こうって言うときに、10年前の「地球の歩き方」買わないでしょ? 止めはいたしませんが。
まあそれはともかく、積極的に仕入をコントロールできるわけではございませんから、需要と供給にズレが生じるわけでございます。そんな中で、あまり売れないのに買い取りは多く溜まる一方、なんていう本も出てきたりいたしますな。


例えば「名探偵コナン」。読んだこともありますし嫌いじゃないんですが、いかんせん、売れる数に比べて持ち込みの数が多すぎる。そうすると自然と買取価格も安くなるわけでございますが。
他には「犬夜叉」なんてのも溜まって仕方がない本でございますな。高橋留美子先生は同郷ですし「めぞん一刻」「うる星やつら」「人魚の森」なんかは私の青春時代を彩った作品なんでありますが、溜まるものは仕方がない。
コミックから離れまして、赤川次郎、西村京太郎なんていうところも、殺人的な量が入ってくる御本でございます。「リング」「らせん」なんてところも、そういった傾向がございますな。あとは旬を過ぎてしまった本。「五体不満足」やら「だからあなたも生き抜いて」やら「ファイト」やら。
もちろん、本の内容が劣っているとか、そういったことではないんでしょうが、需要と供給のバランスの問題でございます。
また、買取の量はさほど多くないけれど、今となっては売れる量が少なく、結果として溜まっていくなんていう本もございまして、例えば銀色夏生さんの本なんかはそういったイメージがありますな。あとは恋愛のHow toもの。というか秋元康と柴門ふみ。これなんかも棚の肥やしとなっております。


そうするってえと店としては安売りをしたり、仕入値(買取値)を下げたりってなことをして何とかしようとするわけでございますが、新刊書店ではこれが出来ない。
隣の芝生はなんてことを昔から申しまして、売れる本を注文できるというのは本当に羨ましく塀の向こうから芝生を覗いているんですが、過剰在庫の処理方法というのは本当に不思議でございます。
いや、返品して倉庫にたまり、溜まりすぎると断裁ってな話は聞くんですが、これが本当に不思議でございまして。小売の感覚といたしましては「棄てるくらいなら安くして、少しでも売上に変えたほうが得」ってな風に考えてしまうのでございます。
素人考えなんでございましょうが、せっかく一度は市場に出した(もしくは出すべく用意した)商品を棄てるというのは、倉庫代から運送代から材料代、人件費まで、結構な勢いで流通のムダが出てしまっているように思えてしまうんですな。
買い切りの(返品できない)ハリーポッターが本屋で余ったなんてな話を小耳に挟んだことがございましたが、返すことも値下することも出来ない過剰在庫なんていうものは、これは悪夢以外の何物でもないのでございまして……そうなると行く先はゴミの山。本で御殿が建ったというから行ってみたら紙製の家が建っていたってな具合でございます。
さて、再販制度で値下できないと、在庫の面から見てみるとえらい損してるかもよというお話でございました。
お後がよろしいようで……
posted by 旅烏 at 03:22| Comment(3) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
明けましておめでとうございます。

さてお話の「需要と供給」でありますが、おいらもゲーム屋時代同様の思いをしたもんです。
在庫過多になりやすいものといえば「スポーツゲーム」。
新しい年度版が出る度に前作が大量に帰ってきたもんです。
ただそれ以外は本とは少し様子が違いまして。
バカ売れしたRPGなどは一旦大量に帰ってくるものの、そこで値下げすると大抵はまた売れて、それが帰ってきだしてまた値下げして・・と言った具合でサイクルがある程度できていくんですな。
まあ元の値段が書籍より遥かに高いってのが要因だとは思いますが、中学生等に需要と供給とはなんぞや?というのを教えるにはこれほど適した事例もないのでは?(笑)

ただこれはおいらの個人的意見なんですが、おいらは全ての著作物は再販制度において管理すべきだと考えてます。
無論ゲームも。
我々が著作物に対して支払っている価格というのは、あくまで「中身」に対して。
本で例えるならば紙に値段を払ってるのではなく、書いてある内容に対して払ってるのではないかと思います。
その見えないものに対して市場原理を適用するのが果たして良いのかどうしても疑問なんですよ。

売り場に立ってて本当に素晴らしいゲーム達が「売れないから」というただそれだけの理由で二束三文で投げ売りされる傍らでネームバリューだけの駄作が飛ぶように売れるのを見てて「これでいいの?」という疑問がやはり出てしまうのです。
個人的感傷、と言われたらそれまでですが、工業製品と著作物を同列にするのはやはりどうかな、と思います。
著作物には「特許」という概念がない為、市場では実は弱い立場にあると思うのでその保護という観点から再販制度を適用すべきなのでは?
まあ現状の再販制度が必ずしも良いものとはおいらも思いませんが。
Posted by まさのしん at 2005年01月08日 00:42
コメントありがとうございます。
問題は、現在の再販制度が需要と供給のバランス、現在におけるその商品の市場価値というものをあまりにも無視している点にあるのではないかと思っております。
こんなことを書くと怒られてしまうかもしれませんが、店というのは基本的には出来るだけ高い値段で商品を売ろうとするものですよね。あまり高いと思ったように売れない。あまり安いと儲からない。その引っ張り合いの中で価格が決定されるというのが、あるべき姿かと思います。
素晴らしい本、素晴らしい音楽、素晴らしいゲームが二束三文で取引されることに抵抗があるってのはわかりますし、それは私にしてもあるんです。
しかし、じゃあ市場に溢れてしまっている商品を値下もせずに溢れるに任せておいて良いのかというと、それも非常に抵抗があるんですね。
再販と委託販売と断裁というのは、それを解決するいい方法ではないと思っております。素晴らしい本が投売りされるのと断裁されるの、どちらが嫌かといったら、断裁される方が嫌なんすよね。
Posted by 旅烏 at 2005年01月08日 07:25
なるほど、確かにおっしゃる事はよく分かります。

おいらの場合は「投げ売りされるくらいなら裁断してしまえ」というのが正直な感想でして。

少なくとも作った当人がどちらを選ぶか選択できればよいのでしょうが。
店長のコメントを読んで愚考を重ねた結果、著作物の価格というのは絵画などのように評価額がつけばよいのかな?という気がします。
もっとも絵画にもオークションに見られるように市場原理が皆無とは言えませんが、少なくとも作品の価値にそぐわぬ価格はつかないですし。
ただ現実と照らして見ると音楽や書籍、ゲームに大多数が納得する評価システムが絵画などのようには構築されていないのを考えると今のところは「絵に書いた餅」でしかないのかもしれませんが・・。
この問題はやはり結論を出すのは難しいのでしょうが、議論することは大切だと思います。
螺旋は前進せずとも上昇する、ですな。
Posted by まさのしん at 2005年01月09日 03:19
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