2004年04月01日

イーガンの短編と「三重盲検法」

グレッグ・イーガンの話題作「しあわせの理由」をようやく読了。
刺激とセンチメンタリズムにあふれた短編集で、とても楽しく読むことが出来た。近いうちに、本サイト(万来堂書店)の方で(今更ながら)紹介でもしてみようかと思ったのだけれど、気になる点がひとつ。
物語の本筋や面白さには関係しない部分だと思うけれど、軽いネタばれになってしまうので、そういった情報を知りたくないという方は、以下、読まないようにしてください。
以下、あぶり出し。
さあ、始めるぞ。
とある短編の中で二重盲検法(double blind method)についての記述がありまして。
二重盲検法というのは、実験結果に観察者・被験者双方からのバイアスがかかってしまうこと(あらかじめ得た情報によって、実験結果に影響が出てしまうこと)を避けるために考えられた実験法です。
薬と偽薬(プラシボといいます)を使った実験を例にすると、観察者の側に「この被験者には偽薬を使っているんだから、治療効果は出ないはずだ」という思い込みがあるために、微妙な実験結果をその結論に有利なように解釈してしまう。
またはその逆、「私は偽薬を投与されているんだから、効果など出るはずがない」という被験者の思い込みのために、本来出るはずだった効果が打ち消されてしまう。こういった現象を指して「バイアスがかかる」などというのですが。
このバイアスを排除するために、観察者・被験者の双方ともが、使われているのが薬か偽薬かを知らない状態で実験を行う(投与されたものが薬か偽薬かを知っているのは、その実験を更に観察している第三者のみ)。これが二重盲検法であります。

これが医療現場で適用されるときの倫理的な難しさってのは、想像に難くありません。まずひとつは、偽薬ってのは、効くであろう薬と比較するために(統制群として)用いられるのが普通なのですが、患者に了承を得ず偽薬を投与してその結果患者に不利益が出た場合(死ぬとか)、誰も責任をとれないこと。
もうひとつ、患者に事前に了承をとって投与した場合、二重盲検法そのもののメリットが失われてしまうこと。
つまり「あなたに投与するのは効く薬かもしれませんし、偽薬かもしれません」って説明された場合、患者さんは「私に投与されたのは何の効果もない偽薬かもしれない」という認知(不安と言い換えてもいいです)を抱えてしまうわけで、その認知が、本来生じるはずであった偽薬の効果を減じてしまうことは、十二分に考えられます。つまり、バイアスがかかってしまう。これではもはや二重盲検法と言えません(そのために、実際の臨床では動物実験が非常に重要になってくるのですが)。

さて、ここからが問題。
イーガンの作品では、その問題を回避するために、患者に無断で偽薬を投与してしまうというシチュエーションが出てきます。
これが職業倫理的に許されない行為であろうことはもちろんなのですが、イーガンはそれを「三重盲検法」と書いています。原文には当たっていませんが、おそらくtriple blind methodの訳語でしょう。
これがおかしい。
被験者が「自分の投与されたものが偽薬である(かもしれない)」という認知を持たないというのは、二重盲検法の必要条件の一つだからです。
つまり、イーガンが「三重盲検法」という用語で示した実験手続きは、なんのこたない、本来的な「二重盲検法」に過ぎないのではないか?

まあ、これが作品の傷にはなりえないんですが、ちょっと気になったので書いてみました。怒らないでね(笑)


posted by 旅烏 at 04:39 | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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