2005年04月07日

え? 一致するの?

少し前の話になるけれども、川内博史議員正々堂々BLOGで3月31日に投稿されたエントリ「ビックリしたぁ!!」より一部引用。

明るいニュースも一つ。
独占禁止法23条の著作物の明示について、活字文化推進議員連盟の肥田美代子事務局長と意見交換しました。活字文化推進議員連盟は、今国会に活字文化振興法を議員立法として提案するとのこと。
その中に、出版物の再販売価格制度の維持も盛り込みたいという思いがあり、ぼく達エンタメ議連が提案している、法23条の著作物を新聞・雑誌・書籍と法律上明記するという主張と一致。
音楽配信については、公取委から着うたについての排除勧告が出されていることもあり、音楽文化については再販制度ではなく、新たなビジネスモデルを作るべきでしょう、とがっちり握手。よっしゃぁ!!


え?
活字文化振興法に盛り込まれる出版物の再販制度維持とエンタメ議連の主張って一致するの?

エンタメ議連は昨年の文部科学委員会ではレコード輸入権が大きな争点になったので、その流れで音楽に関連した問題に取り組んでいるのだと(つまり、まずは音楽についての問題から取り組んでいるのであって、いずれはもっと広く著作物にまつわる問題に取り組んでいくものと)思っていたんだけども、うーん。これは早合点だったのだろうか。
この「よっしゃぁ!!」をどのように理解したらいいのだろう。「とりあえずは、活字文化推進議員連盟の主張とエンタメ議連の主張はぶつからないので、議論がスムーズに進行できる」ということなのか、それとも「エンタメ議連も活字文化振興法に盛り込まれる出版物の再販制度維持に合意する」ということなのだろうか。
出版物の再販制度もなくなるか、もしくはもっともっと柔軟性を持たせたほうがいいと思っている身としては、後者じゃないことを祈るばかりであります。



追記:と、いうわけで久しぶりに民主党ホームエンターテイメント議員連盟のサイトへいってみた。一部引用。

新聞の再販制度については、戸別配達制度の維持による国民の知る権利の確保、書籍・雑誌については、著作権隣接権の不存在、新古書店などによる、消費者の利便性、などにより再編制度の対象とすることが、なお相当である、とした。




ありゃりゃ……
活字文化振興法骨子案では、著作隣接権であるところの版面権の創設も盛り込まれているわけで、書籍・雑誌の再販制度存続の理由の一つに「著作隣接権の不存在」を挙げている以上、活字文化推進議員連盟の主張とエンタメ議連の主張は食い違うのではなくて?
posted by 旅烏 at 23:51| Comment(21) | TrackBack(6) | 出版業界関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月06日

再び浮上する版面権

ここ数日、seesaa重すぎ。真剣に引越し検討中。

それはさておき気になるニュース。今回はリンク先多いっすよ。
大体経由先が多い(笑)。
モノグラフ生活日報:文字・活字文化振興法骨子案ってなんだ?愚智提衡而立治之至也:活字文化振興は国の責務YOMIURI ON-LINE:活字文化振興は国の責務
で、一番最後の記事を読んでみますと、超党派の活字文化議員連盟が文字・活字文化振興法の骨子案をまとめましたよ、と書いてある。
さらに検索をかけたら、ひだ美代子議員のサイトを見つけました。確かこの方、昨年著作権法が改正されたときの委員会で、貸与件に関して質問していた人じゃなかったかしら? 記憶違いだったら申し訳ない。
このサイトに載っているのが骨子案の要旨になるのかな?

骨子案は大きく3つに分かれているようで、一つは図書館に関するもの、一つは教育に関するもの、最後に出版活動に関するもの。
うち最初の二つについては、正直詳しくないのでコメントはしないことにします。図書館関係だとブログ持ってる方も多いし、そちらでも既に語られているか、これから語られることになるでしょう。
でですね、三番目、「出版活動への支援」というところを見ると、なぜか「再販制度の維持」と「版面権の創設」というのが盛り込まれている。

版面権というのはなにかというと、音楽を楽譜としてのどーだこーだとかあるらしいんですが(詳しくは検索するなり何なりで調べてみてください。ええ、私、手を抜いております)、ここでいうところの版面権とは「版面権の創設(出版者の固有の権利)」とありますように、要するに出版における著作隣接権であります。本当、みんな権利大好きだね〜。

版面権について、経緯を追っているわけではありませんが、これが初めて議題として出てきた代物ではないということくらいは私も知っているわけでして、その協議がどうなったかというと、こんな感じで物別れに終わっているのであります。

経団連との協議が中断している中、議員立法という今までの話し相手をすっ飛ばす形で再び版面権が浮上してきたわけですな。力技です。




えーと、もう文体を変えてぶっちゃけちゃうけれども。
だからよ、「文化」の傘に隠れて商売の話なんぞするんじゃねえよ、ったく。
とりあえずあれか? これで著作隣接権ができたら今年から施行された貸与権、さらに成立を狙っている展示権がらみで堂々と金をもらえるからウマーってか?
他力本願、大いに結構。ニッチを埋めずに外堀だけどんどん埋めて、その結果更なる市場の縮小を招きたいならそれもいいだろうさ。自殺を止めてやる義理もないような気がしてきたわ。
ニッチ産業すら見放していく業界になればよろしかろう。
posted by 旅烏 at 23:58| Comment(19) | TrackBack(9) | 出版業界関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

NHKでやっていた「日本の、これから」という番組を最初の30分くらい見ての、簡単な、本当に簡単な感想

「私の成功経験は他の人にも問題なく敷衍できる」という無邪気な思い込みはなんとかならないもんですかねえ?
posted by 旅烏 at 00:26| Comment(6) | TrackBack(4) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月05日

カンブリア紀の怪物たち(サイモン・コンウェイ・モリス/講談社現代新書)

この間買った「カンブリア紀の怪物たち」読了。
バージェス頁岩やらエディアカラ動物群やらアノマロカリスやら扱った本というとスティーブン・ジェイ・グールドの「ワンダフル・ライフ」が有名だけれども、結論から言うと、読み物としては「ワンダフル・ライフ」の方が面白い。
というか、読んでみた感じ、「カンブリア紀の怪物たち」は「ワンダフル・ライフ」に対する反論として書かれた部分が大きいように見受けられる。最後の3章は丸々グールドに対する反論にあてられているといっても良いくらいだし。専門的な記述も多くなるので、グールドの方も読んでいないとピンとこないところがあるような。モリスはグールドの本を指して冗長であると評しているけれども、モリスのグールドに対する反論も冗長になってしまっているのがなんともはや。
だから、「カンブリア紀の怪物たち」は「ワンダフル・ライフ」とあわせて読んだ方がいいと思う。その方がずっとわかりやすい。そうしないと後半の章の持つ意味が希薄になってしまい、読むのがちょいときつくなる。逆にあわせて読むことで後半の章の持つ意味がわかり、モリスの主張をすんなり理解できるに違いない。
posted by 旅烏 at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「問い合わせる」という行為はハードルかもしんない

本屋のほんねさんのエントリ「書店の未来系?」より。日経BPリアルタイムリテール「“ポスト・フューチャーストア”を目指すフューチャー・ブックストア」。タグやら端末やらを利用した小売店の話。


便利にはなるだろうけど、どうなのかなあ?
問い合わせたときにすぐに在庫が見つかるってのは便利ではあるだろうけど、在庫をきちんと整理していれば済む話で。在庫の整理ってのは大変な作業だけれど、それでもやらなきゃいけない大事な作業の1つだし。むしろ、いかに在庫を整理しておくかってのが腕の見せ所というかな。
言い方を変えると、片付けておけばいいだけだから、コストのムダじゃん? と言えなくも無い。
防犯って意味では効果あるかもしれないけども、ICタグじゃなくてもいいんじゃないかとは思うし。


端末は便利かもしれないけれども、それならネット書店でいいじゃんという本屋のほんねにおける指摘ももっともだと思う。


私自身、どういうときにネット書店を使うかというと、何が欲しいか、誰のものが欲しいか、欲しい商品が明確であるときであることが圧倒的に多い。これは実在の本屋に当てはめると、店員に問い合わせるという行為に当たると思う。あの本が欲しい、でも探してもどこにあるかわからない。じゃあどこにあるか聞いてみよう、と。

しかしですよ、探して見てみつからなかった商品を店員に問い合わせるところまでしてくれるお客さんというと、限られてくるんじゃなかろうか。
そこで端末の登場ということになるんだろうけど、うーん、やっぱりピンとこないなあ。色んなお客さんがいるわけでさ。そのお客さんのすべてとはいわないまでも多くに、わかりやすく陳列場所を示すことが出来るかというとねえ。難しいんじゃないかな。


日経BPで取り上げられている流通の革命というのが情報化による在庫位置の確定だとしたら、お客さんにとってみれば「問い合わせてまで在庫を確認する」という高いハードルを乗り越えねばならないものだし、働く側にとって見れば整理しておけばそれでいいじゃんというものだったりする。便利にはなるだろうけど、決定打にはなりえないでしょ。


私にとってリアル書店の魅力というと、その場ですぐに手に入れることが出来るということが1つ、それと店頭を見て回ることで存在も知らなかった本と出会うことが出来ることが1つ、出かけたついでに色々他のことも出来るというのがもう1つだったりする。
このうち二つ目、知らなかった本との出会いというのはネット書店では今のところ太刀打ちできないところであると思う。色々工夫してはるのはわかるんだけどね。
これが本屋のほんねさんがブックオフ対策として指摘されていたMDの重要性につながってくる話だと思うんだけど、そのMDになんら寄与しない流通上の改善がなされたところで仕方ないんじゃないかななどと。


昨日も書きかけたんだけどさ、MDっつっても限界があると思うわけで。
新刊書店がうつことの出来る手段ってのがすごく限定されてしまっているのが現状だと思うんですよ。
本来だったら新刊書籍を扱う、もっと様々な業態が出てくるべきだと思うんだよねえ。それを妨げているのはいったい何なんだろう?
posted by 旅烏 at 02:24| Comment(0) | TrackBack(6) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月04日

ユリイカなど

Amazonで買いましたよ。

「るくるく(4)」あさりよしとお/講談社
「カンブリア紀の怪物たち」サイモン・コンウェイ・モリス/講談社現代新書
「がんばれカミナリ竜(上・下)」スティーブン・ジェイ・グールド/早川書房
ユリイカ4月号:ブログ作法


サイモン・コンウェイ・モリスの本はグールドが「ワンダフルライフ」で広めたエディアカラ動物群の話。グールドとは意見を異にするところも多い人だそうなので、今から読むのが楽しみ。
エディアカラ動物群といわれてもピンとこない人は、「アノマロカリス」でレッツ検索。
posted by 旅烏 at 14:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 購入した書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ユリイカ買っちゃったよ 或いは文化と商売

ユリイカ買っちゃったよ。
一部で話題になっているユリイカ4月号:特集・ブログ作法って奴。

ユリイカは詩と批評の雑誌だそうで、詩にも批評にも現代思想にも社会学にも興味がない(というかむしろ苦手)私にとっては当然のように名前しか知らない雑誌であった。
それなのに何故買ったかというと、ブログというシステムや現象に興味があったからではもちろんなく、なんか、当ブログが紹介されているらしいとどこかで読んだからであり、つまり、「『万来堂書店』って活字に印刷されてるよ! いやっほーい!」というミーハー根性以外の何物でもない。

というわけでよだれを流しながらめくっていくと、雑誌の後ろの方に掲載されている「ブログガイド100@2005」で、Copy & Copyright Diaryの末廣さんが当ブログを紹介してくれていた。末廣さん、過ぎたお言葉をいただきましてありがとうございます。

しかし、それでもページビューは普段と全く変わらないあたり、さすがユリイカ。

しかし中には、ユリイカを見てお越しいただいた方もいらっしゃるだろう。ガッカリした方も多いんではなかろうか。
ええと、著作権関係のエントリは「中古規制」と「音楽業界の動向」という二つのカテゴリに放り込んでありますよ、と。

というか、「著作権関係のエントリ」というのも自分ではしっくり来なかったりする。
特に最近その傾向が強いと思うのだけれども、私は著作権の話というよりも商売の話をしていることのほうが多いのだな。うん。
であるから、著作権について商売の側面から考えることのない人の意見とは、どうもかみ合わない。そりゃまあ、著作権って文化保護なんだろうけどさあ、文化って著作物に限ったことじゃないしなぁ。
じゃあなんで「著作物」だけ法律で保護してるか(他にも文化の一翼を担うものはたくさんあるのに!!)ってぇと、そうしないと「著作物」にかかわる・「著作物」を扱うという行為が商売にならないからでしょ、なんていう風に思ってしまうわけだ。ちなみに私は法律に関してはズブの素人であるのでそこのところよろしく。
つまり、著作権と一言で言っても、「私たちの文化を守ろう」という側面と「私たちの商売を守ろう」という側面があるわけでさ。
昨年問題になったレコード輸入権や貸与権、これから問題になるであろう中古規制や展示権、公貸権、版面権、保護期間の見直しなんてのは、間違いなく「文化保護」ではなく「商売保護」の側面で語られるべきじゃないかな、などと。というかね、「文化保護」の側面から語りたがる人が多すぎるような漠然とした印象があるんですよ。
というわけで、商売の側面から見た著作権あれこれの語りなおしってのを希望いたします。詳しくてやる気のある人、誰かやってくれ。
posted by 旅烏 at 14:02| Comment(10) | TrackBack(11) | 出版業界関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

買いたい本覚書

銀河通信さんが注目の新刊を紹介するコンテンツを更新停止して以来、買いたい新刊に目星をつけるのが億劫になってしまった。ので、忘れないように買いたい本の覚書でも書いておこうと思う。もう完全に俺専用のメモ。

ジョージ・R・R・マーティンの連作短編集「タフの箱舟」が2ヶ月連続で刊行予定(全2巻)。昨年はグダグダのラインナップであったハヤカワ文庫SFレーベル。「SFが読みたい! 2005年度版」においては、自社から出しているガイドブックであるにもかかわらず14位に一作品滑り込ませるのがやっとという快挙も達成したわけだけれど、今年に入ってからはソウヤーの「ホミニッド」刊行、そして4月5月とこのマーティン作品。復調の気配だといいなあ。

同じくハヤカワ文庫、JAレーベルからは5月に谷甲州の短編集「星空の二人」刊行予定。名短編集であった「星は、昴」みたいな素敵な本でありますように。

単行本では「ハリガネムシ」の吉村萬壱が新作「バースト・ゾーン」を刊行するという珍事が発生。どうした、早川書房。文学賞でも狙っているのか。

東京創元社、文庫ではエドモント・ハミルトンの「反対進化」が刊行済みなので今度買いに行こう。4月に刊行予定のフリッツ・ライバー「妖魔と二剣士」はファファード・アンド・グレイマウザーの4冊目。義務のように購入いたします。ていうか義務だろ。
同社の海外文学セレクションではバリ・ライの「インド式マリッジ・ブルー」が気になる。いつ出るんだろう? 同じくインド系の作家であるジュンパ・ラヒリ「停電の夜に」はどうも肌に合わなかったんだけど、これは楽しめるかしら。

posted by 旅烏 at 10:35| Comment(18) | TrackBack(10) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月31日

ご利用は計画的に

おい、おまいらにおかれましては新社会人、ご入学ご卒業お慶び申し上げます。
てえとこの時期引越しがえらいことになるわけでありまして、引越し業者の方におかれましては毎日えれえことになっているのではないかと想像いたしますが、とりあえずおまいら、一度にまとめて大量に何人も引越しで要らなくなった本を買い取りにお持ちいただいて誠にありがとうございます。
誠にありがとうございますでもって、この時期の日中だったら買取1時間待ちは覚悟していただきたく。いや、マジで。

というわけで、ほらほら、旅烏さんが連日の買取ラッシュにより、ガチで死にそうになっていますよ?

お引越しは計画的に。

というか、本社もこの時期に人件費減らせとか言ってくるんじゃねえよ、ったく……
posted by 旅烏 at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

薄利多売幻想

特にいい話題も無いので、再販制と薄利多売のことでも書いておこうと思う。とはいっても、別に何か目新しいことを書こうというわけでも、今話題のことを書こうというわけでもないのでよろしく。

ええと、去年から気になってはいたんだ。何が気になっていたかというと、CDや書籍に対する再販制が廃止されると価格競争が起こり、結果価格が安くなり、業界全体が薄利多売の方向へと変化していく、みたいな見方をしてるっぽい方を何人かお見かけしたりしたわけですよ(誤解の無いように書いておくと「再販制度を廃止して薄利多売に汁!」というのが、そういった方々の主たる主張というわけでは全然ないのであしからず)。
いや、多分そうはならないんだわ。


価格は間違いなく変化すると思うよ。安くなるものも出てくるだろう。
でもねえ、どの本・どのCDも安くなって消費者万歳にはなりようがないってのは、まあ、ちょっと考えればわかる話で。いや、簡単に言うと、すべての商品が薄利だったら、その店、潰れるのね。
薄利多売のイメージで売ってる店も、しっかり利益を取れる商品ってのはやっぱりあるわけでさ。
著作物の新品売って生計立てている店舗で現状一番まずい点は、もしかしてここなんじゃないかなどと漠然と思ったりする。「しっかりと利益を取れる著作物」ってのは存在しているのだろうか?
「いや、実はあるんだよ」っていうのがあったら、是非指摘をお願いいたしたく。


で、再販制が廃止されたら当然価格競争が生じるわけで、値下げ競争も起こると思うんだけど、値下したことによる利益減をカバーできる程に売上が上がるかって言ったら、そう世の中甘くないわけですよ。
煙草を思い浮かべてもらうとわかりやすいかもしれない。嗜好品である煙草は値上げしても利益が確保できるわけで、つまり裏返すと値下してもさほど効果が望めない、ということでもある。
運の悪いことに、大半の音楽、大半の書物は嗜好品でございまして、嗚呼、なんということだ。


でね、つまり価格競争は起こるだろうけど、その分の利益をどこかで確保しなければならないわけで。利益を確保するための画期的な方法でもありゃあいいんだろうけど、生憎そんなものも見当たらず、じゃあどうするかってえと値上げが起こるわけです(もちろん、商品全部の値段が上がるなんてこたあないけど)。
ちょっと見難いのだけれど、こちらなんぞ読んでいただきますと、やっぱり再販制度を廃止した諸外国でも値上げって言うのが起こってるのね。


まあ、私自身は再販なんざとっととなくしたほうが将来的に絶対よいと思っているのだけれど(つーか、再販制の下でよく在庫管理なんざできるもんだ。逆に感心するわ)、再販制が廃止されることですべての音楽・すべての書物が安くなるユートピアが出現するかというと、全くそんなことは無いよ、と。
まあ、当たり前っちゃあ当たり前で、しかも面白くも無い話ですな。
posted by 旅烏 at 01:04| Comment(1) | TrackBack(0) | 出版業界関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月29日

後味の悪い棚卸

さてさて、本日は毎月恒例ゲーム棚卸だったわけですが、どうにもこうにも後味が悪い。
普段よりロスが多かったというのもあるんだけれど、それよりもなによりも、内引きの疑いが三件程あるのだな、これが。

「内引き」といってもわからない方もおられるだろうから一応説明すると、要するに内部のスタッフが商品を盗むことだ。うん。

あくまでも内引きの「疑い」であるから、確定ではない。内引き以外の原因だってたくさん考えられるしね。
しかしだ、それが三件もあるとなるとなあ……

ちなみにひとつはPSP用ソフトの新品。
ふたつめはDSソフト。両方とも売場には出しておらず空パッケージを展示している。後者に至っては先週だかに出たばっかしだよ。
三つ目はDS用ソフトの中古。これも中身だけ抜き出してパッケージのみの展示にしてあるんだけれど、売場に陳列してあるパッケージの数とカウンター内に保管してある中身のソフトの数はあっていた。つまり、パッケージだけ万引きされたって訳じゃない(関係ないけど、パッケージだけ万引きされたソフトもゲームキューブで2点ほど見つかった。もう、万引きなんてこの世に生まれてこなければ良かったのに)。

いずれも売場からの万引きではなく、先月の棚卸では差数が出ておらず、おまけに携帯用ゲーム機である。ああもう、まだ可能性の段階だというのに自分の中で内引きの犯人像がくっきりしてきちゃってるよ。嫌だ嫌だ。

これで来月の棚卸でも似たようなケースが見られた日には、もう最低最悪である。
仕事の出来不出来にかかわらず、基本的に信頼して仕事してもらってるわけだからね。店舗運営に与えるダメージってのは、万引きの比じゃあないわけですよ。たとえそれが疑いであっても。

まあ、もし万が一本当に内引きだとして、現場を見つけたとしたら上司に報告し、そして十中八九警察沙汰になるわけですが(というか、警察沙汰にするべきなんだ)、その後味の悪さたるやもう、筆舌に尽くしがたく。
一回だけ、過去に内引きを押さえたことがあるんだけど(その時は商品じゃなくて備品だったんだけどね)、思い出したくも無いね。
posted by 旅烏 at 05:45| Comment(3) | TrackBack(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月25日

ベスト/

「とりあえずメジャーデビューするとして、バンド名を『ベスト』にしてアルバム名を『ビリー・ジョエル』にして『ベスト/ビリー・ジョエル』とかにしたら怒られるかなぁ?」
といったら、バイトに鼻で笑われたよ。いぇーー。
posted by 旅烏 at 22:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月22日

THE DAY THE NIGGAZ TOOK OVER/BLACK KOREA/別にKOREAに限ったことでは/DO THE RIGHT THING/THE JUNGLE FEVER

at most countableさんでICE CUBEについて触れてらっしゃる。いや、懐かしい話題だなぁ。思わずこうしてエントリを起こしてしまったわけですが。
エントリのタイトルは「ロス暴動とアイスキューブ」だけれども、ロス暴動について扱った曲というと真っ先に頭に浮かぶのが同じく元NWAのDR. DREによる名曲“THE DAY THE NIGGAZ TOOK OVER”。ロス暴動とは直接の関係はありませんが、ICE CUBEもそのものズバリの“BLACK KOREA”という曲を書いています。


で、なんで“BLACK KOREA”なんていう曲が書かれたかというと、近所の朝鮮人が気に入らなかったからでしょう。
では、なぜ朝鮮人が気に入らないなんていうことになったかというと、その当時、黒人は金を持っていても土地を買ったり店を借りたりといったことが中々出来ず、自分たちが手に入れることの出来ない土地を朝鮮人たちが(黒人の目から見ると)易々と手に入れ、商売してけつかる。

なんで俺たちの街の土地を俺たちが買うことが出来ず、奴らは買うことが出来るんだ?

……ってな状況が背後にあったそうでございます。いや、何かで読んだ話でございますがね。
逆に言うと、別に韓国人のやっている店だからというのが、ロス暴動のときに黒人たちの略奪にあってしまった主たる理由ではないという、そういうお話。

で、at most countableさん、映画“DO THE RIGHT THING”にも触れてはりまして、いや、あの映画の解釈については分かれるところだと思うんですが、まあそれはそれといたしまして、同じスパイク・リー監督のジャングルフィーバーに触れておこうかな、と。
ドゥ・ザ・ライト・シングは日常の細かな不満、差別がある事件をきっかけに暴動、略奪へと発展してしまう話ですが(ちなみに作中で韓国人経営の店も襲われかけております)、ジャングル・フィーバーは妻子ある黒人のエリートビジネスマンがイタリア系の女性と不倫してしまう話です。
私、この映画のストーリーはあまり好きじゃないんですが、ラストシーンは大好きでしてね。ラストシーンをみるためだけでも、是非見ていただきたいってな作品でございます。

ネタバレしたくないんでラストシーンがどんなものなのかは書きませんが、ドゥ・ザ・ライト・シングで表明されているのが怒りだとすれば、ジャングル・フィーバーで表明されているのは悲しみである、といえるでしょう。
もっと言うと、前者が自分たちの置かれている社会的状況に向けられたもので、後者はその状況に自分たちの心が負けてしまっているということに向けられている、と。

つまり、同じ「差別」という問題をそれぞれ別の切り口で扱っているわけで。物事の原因といっても、かように多様でございます。

at most countableさんのエントリを読んで興味を持たれた方におかれましては、是非ドゥ・ザ・ライト・シングでけでなくジャングル・フィーバーも、出来ればスパイク・リー監督作品だけでなくマリオ・ヴァン・ピープルズ監督作品や今は亡き2PACが名を上げたJUICEあたりも。
ICE CUBEだけではなく出来ればTALIB KWELIやGANGSTARRのGURUあたりも是非。ROOTSあたりもいいですね。

at most countableのめたかさんが言われているように物事の表層にとらわれずその背後にある原因に思いを巡らすことはとても大事なことであり、また、そのためにも同じ事柄を様々な角度から眺めて見ることが大事であろうかと。
現実は多様であり、文化は多様であり、芸術もまた多様であり、時にそれはシンクロしたりします。願わくばこれを読んでいるあなたにとって、ブラックカルチャーが多様な世界への入り口とならんことを。
posted by 旅烏 at 03:22| Comment(1) | TrackBack(9) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月15日

踏切事故とドンキホーテと いっつ あ わんだふる わーるど

東武線の踏み切りで痛ましい死亡事故が起こったのは皆さんご存知の通り。事故の起こった踏切が手動式であったという点が問題視されそうな雲行きですな。
亡くなられた方のご冥福を心よりお祈り申し上げます。


さて、ドンキホーテで3名が亡くなった痛ましい放火事件、みなさん、覚えてらっしゃいますよね?
で、そのときなんか他人事に思えなくてですね。このブログでもこんなエントリを書きました。ドンキホーテ独特の陳列が火災の被害を広げたのではないかというのが争点になっていたのですが、ドンキホーテに限らず、多くのチェーンストアが抱えている大きな問題である、というような内容です。
そこに今は亡きmidnightpaxさんのサイト「素晴らしき世界」からトラックバックいただきまして(いや、サイトがなくなっただけでmidnightpax氏はご健在だと思いますが)、読みにいってみたらこれがなんとも。「メディアが取り上げていればこの惨事は防げたのではないか」ってな内容でございまして。あのなあ、これは業界全体の問題だろうって書いたエントリにトラックバックする記事の内容がこれかよ? ドンキホーテを既存のメディアが悪者にすりゃあ済む、そんな簡単な話じゃねえんだよ、と。サイトがなくなっているので、当の記事にリンクを張れないのが残念でありますが。
そんなわけで、このエントリで「素晴らしき世界」さんに批判的トラックバックを送ったのですが、当のmidnightpax氏、どこを批判されているのかどうもわからないらしく、説明するためにこんなコメントをつけさせてもらいました。以下、私のコメントの引用。


TBいただきましたエントリでも書いたことですが、この事件の背後には(外国のこたぁ知りませんが)日本の多くのチェーンストアが構造的に抱えている問題があるわけで、そういった視点はお持ちですか?
語弊があるかもしれませんが、今回の事件というのは、いつかはどこかで必ず起こるような性質の事件であったと思います。もちろん、舞台はドンキホーテに限ったことではありません。
つまり、今回の問題を解決するには、多くのチェーンストアが抱える問題を解消する、言い換えると、ある業態の構造を改革する必要があるわけです。
メディアが大きな力を持っていることはもちろん承知しておりますが、失礼ながら、メディアが「ドンキホーテの陳列は非常に危険だ」と報道したところで、構造的な問題が改まるとは思えませんし、仮に今回の犠牲は防げたとしても、いずれは似たような事件が起こっていたことでしょう。

もちろん、「いや、ここで言う(メディアが)『問題視する』というのは、ただ単にある店舗・ある会社の陳列を取り上げるだけではなく、その背後にある問題も取材・調査したうえで、それを改革するべく実態を継続的に報道していくことを指すのだ」というのなら、メディアの力はある程度有効でしょう。そういった意味で書いてらっしゃたのだとしたら、このエントリは私の読解力が不足しているが故のゴミ屑に等しい代物ですので、お詫び申し上げます。



引用終わり。
このコメントにお返事はいただけませんでしたので、midnightpax氏がどのようにこのコメントを捉えたのかはわからないんですがね。そうこうしているうちにmidnightpax氏のサイトは無くなってしまいました。


で、最近ニュースを眺めてみましても、ドンキホーテが取り上げられることはほとんど無くなってしまいました。まだ事件解決すらしていないのにね。
あれほど騒いでいたマスコミ各社も、喉元を過ぎて熱さを忘れてしまいましたか。


さて、東武で痛ましい踏切事故が起きました。事故の起こった踏切が手動式であったという点に批判が集中しそうな雲行きです。
なーんかね、構造が似ていますよね。
踏切が手動式であったことに対する批判をニュースや新聞で見かけたら、こんな点に注意して見て欲しいのです。

・事故の起こった踏み切り以外には何箇所くらい手動式の踏切があるのか
・そもそも、何故手動式を採用していたのか。そこには妥当な理由があったのか。
・そこを自動式の踏切にした場合なにか不都合は生じるのか。
・また、勤務体制等に無理な点はなかったか。

他にも取り上げるべき点はあるのでしょうが、今思いつくのはこんなところですかね。
これらの点について言及することなく、事故の起こった踏切が手動式であったことだけを大きく取り上げているような記事であったなら、そんなもんは糞の役にもたちゃあしねえ代物でしょう。
で、そんなサノバビッチな記事がいくつか出てきそうな予感。
posted by 旅烏 at 22:35| Comment(3) | TrackBack(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

輸入盤差し止め状況クリップ

高橋健太郎氏が輸入盤の差し止め状況を取り上げてらっしゃるのでクリップ。こちらこちらでどうぞ。
税関のサイトとRIAJのサイトでの差し止め状況表示食い違いや、RIAJに加盟していないレコード会社が差し止めを申請した場合にはどこで知れば良いのか(速やかに税関で周知徹底してくれりゃあいんだけどね、どうもそうはなっていないみたいで)などなど、運用上の問題点が出てき始めましたかね、と。
ところで、RIAJのサイトでの差し止め状況表示を見てみると(こちらでどうぞ)、なんかね、avexの音源しか申請が受理されていなくて、あとは全部「申立予定」なのよね。なんでだ?
1月の段階で多くの音源が「申立予定」とされていたのに、なんでavexだけは受理されていて、最も申請タイトル数の多かったSONYを初めとしたその他のレコード会社の申請は受理されていないんだろう?
うさんくさいよねえ。邪推なんだろうけど。
posted by 旅烏 at 17:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽業界関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

恐竜博物図鑑

今日買ってきた本で、早速読んでしまったのが「おおきく振りかぶって」と「恐竜博物図鑑」。「おおきく振りかぶって」はとても面白かったんだけど、もう誉めている人がたくさんいるので、そちらを参考にしてください。私なんかよりうまく誉めている人が絶対にいるから是非そちらを。いや、本当に面白い。


で、「恐竜博物図鑑」(ヘーゼル・リチャードソン/新樹社)もとても面白かったので、そちらのほうを是非ご紹介したいな、と。
つーかさ、180種以上の恐竜を描いた美しいCGが、全篇フルカラーで収録されてるんだよ? もうそれだけで幸せですよ。
原著が2003年にでたということもあり、最近になってわかった事実や学説なんかもきちんとフォローされているらしく、「へー、そうだったんだ!」と感心したことも一度や二度じゃない。子どもの頃に図鑑に載っていた恐竜に見ほれたことがあるという人すべてにオススメしたいね、本当。
子どもの頃に読んだあの図鑑には載っていなかった恐竜がわさわさ出てくるわけですよ。この愉悦といったらもう、何物にも替えがたいものがありますな。


とまあ、本書最大の魅力は紛れもなく「新たな知見が反映された、美しい恐竜のCG」なんだけれども、それだけだったら紹介していたかどうか微妙であったりいたしまして。
実は一番ポイント高いところは、恐竜というのを進化の系統樹の中にきちんと位置づけて記載していこうという姿勢だったりするんですわ(だから恐竜「博物」図鑑だというわけらしい)。
恐竜と一言に言うけれども、恐竜ってのはどんな祖先から枝分かれしてきたのか。
さらに、恐竜自身はどのように枝分かれをして繁栄していったのか。
そして、どのような恐竜からどのような生物が枝分かれしていったのか。
ついには、恐竜の時代が終わった後にはどのような生物がどのように分かれていったのか。
これらのことを全篇フルカラーのCGを駆使して記載してあるわけです。だから、恐竜だけじゃ無しに、恐竜以前の爬虫類も、恐竜と同時代に生きた恐竜以外の生物も、その後に繁栄していった鳥類と哺乳類も、きちんとカバーしてあります。
加えて、人類偏重の愚にも陥っていない、実に良心的な作りです。進化の分岐を表す図表でも、霊長類をトップに持ってくるような真似はしていないのね。


本書は失われてしまった恐竜という生物の目もくらまんばかりの多様性に対する賛歌であり
また、その素晴らしい恐竜という生物が、素晴らしい地球上の生命が進化していく上でどのように位置づけられるのかを、科学者の良心に照らしてきちんと示そうとした良書であります。
昨年話題になった「フューチャー・イズ・ワイルド」も悪くは無かったですが、この「恐竜博物図鑑」と比べると霞んで見えてしまう。相手が悪すぎます。
生き物の不思議に心奪われたことがある方は是非。
posted by 旅烏 at 03:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

谷甲州、ひぐちアサ等

「おおきく振りかぶって(1〜3)」ひぐちアサ/アフタヌーンKC
「ぬかるんでから」佐藤哲也/文藝春秋
「パンドラ(上・下)」谷甲州/早川書房
「ホミニッド ―原人―」ロバート・J・ソウヤー/ハヤカワ文庫SF
「トリポッド3」ジョン・クリストファー/同上
「UMAハンター馬子 完全版2」田中啓文/ハヤカワ文庫JA
「ちーちゃんは悠久の向こう」日日日(あきら)/新風舎文庫
「恐竜博物図鑑」ヘーゼル・リチャードソン/新樹社

日日日はなんか話題らしいので買ってみたんだが、解説を書いている久美沙織の文章がなんとも鼻持ちならない代物で、極めて不愉快になった。まあ、その分本編は面白いに違いない。
ちなみに私はこの本のせいで久美沙織にかなり悪い印象を持っているので、閲覧者諸賢におかれましてはそこんところ割り引いていただきますよう。いや、読んでないというか読む気も起こらないけどさ、オペラント条件付けって、わかって言ってんのかね?
posted by 旅烏 at 02:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 購入した書籍 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月09日

職場における3秒ルールの適用について

地域差はあるだろうが、「3秒ルール」というものを知っている人、多いのではないだろうか。
食べ物を床に落としても、3秒以内に拾い上げればそれは「汚くないもの」として認定され食べてもよろしいという、誠に合理的なルールである。

しかし、この3秒ルールをもってしても完全とは言いがたく、しばしば判断に苦しむような事態も生ずる。
例えばトイレの中ではどうだろうか。
トイレの中ではさすがに食べ物を落とすということは少ないだろうが、煙草ならどうだ。トイレで用を足しながら煙草をすったことがあるという人は多いのではないか。ならば、そのとき煙草をトイレの床に落としてしまったとしたらどうだろう。それでも3秒ルールは問題なく適用されるのだろうか、それともトイレの床は3秒ルールにおける大いなる例外として立ちはだかるのだろうか。








ええとつまり、職場のトイレで煙草を落として、それをすぐに拾い上げて普通にすったんですけど、やっぱり問題ありますかね、人間として。
posted by 旅烏 at 21:00| Comment(9) | TrackBack(7) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月06日

職場とダンジョンを往復している件について

最近放置していましたが、これはなぜかと申しますと仕事が忙しかったからです。
決してウィザードリィ エクスに大ハマリしていたからではなく。

いや、確かに気がつくと朝になっていたりしますが、それは眠れないついでにウィズをやっていたからで、決してウィズに夢中になっていたからではないに違いなく。

確かに作家やアーティストの名前をパーティにつけたりしていますが。

主力パーティのメンバーは

クール・G・ラップ:戦士
ドナルド・フェイゲン:侍
T-BOZ:狩人
ラクーナ・シェルドン:盗賊
クイーン・ラティファ:魔術師
ウォルター・ベッカー:僧侶

いや、確かに個人的なフェイバリットが入っていたりはいたしますが。
セカンドパーティは

フィリップ・K・ディック:修道士
バハマディア:くのいち
DJプレミア:錬金術師
スタニスワフ・レム:召喚士
R・A・ラファティ:僧侶
アメール・ラリュー:魔術師

なぜかレムの性別が♀だったりいたしますが。
しかも眼鏡っ娘だったりもするんですが。


ええ、今日もこれからひと潜りしてくるんですけどね、ええ。


ちなみに侍のテリー・ビッスンさん(南部出身・16歳)はロストしました。
posted by 旅烏 at 02:42| Comment(7) | TrackBack(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月22日

理屈じゃないのよ涙は はっはぁん♪

ネットにおいては時間の流れというのは実社会よりも遙かに早く感じられるもので、もう一昔前の話題のような気がしてしまいますが、切込隊長と小倉弁護士が炎上騒ぎを起こした件、というか類焼が燃え広がった件について思ったことなど書いてみようかと。
初めに断っておきますが、問題の本質(というか二人の間で争点となっていること)については、迂回しますのでよろしくベイベー。


いや、これってねえ、起こったこと自体は実にシンプルだと思うのですよ。

・切込隊長、某サイトにムカついて批判。某サイト、いろんな人からの批判に耐え切れず閉鎖。
 ↓
・切込隊長、自分がその批判に加わっていたことを面白おかしくカミングアウト。
 ↓
・小倉弁護士、切込隊長のカミングアウトの様子にムカついて批判
 ↓
・切込隊長、あっさり切り返す
 ↓
・小倉弁護士、切り返すも論旨に綻び
 ↓
・切込隊長優勢のままうやむやに

うん、わかりやすい。
ややこしくなった原因はなんだろうと考えてみると、小倉弁護士の批判の仕方にあったのかな、などと。


とはいっても、小倉弁護士の理屈のどこそこがまずいだとか、そういったことを言うつもりかというとそうでもなかったり。
では何が言いたいのかというと、小倉弁護士が切込隊長を批判する上で「理屈」を使ったこと自体が失敗だったのではないかなと思うわけです。弁護士という職業柄かね?
出発点はある対象に対しての不快感であったと思うんですよ。切込隊長の場合は某記者サイトの言動に対して、小倉弁護士の場合は切込隊長のカミングアウトに対して。もちろん推測ですがね。
つまり、相手を批判する理屈より感情が先行していたわけで、こういう場合、理屈や論理というのはいつも有効という場合ではありません。
もっと正確に言うと、論理という道具自体に傷は無いのだけれど、それを扱う人間の方が偏りやすくなる。バイアスの陥穽に陥っちゃうわけで。


これはこの件における小倉弁護士に限ったことではなく、人が陥りやすい錯誤の好例ではないかなと思うんですわ。
その錯誤というのはつまり「私は○○にたいして不快感を感じる。であるならば、○○は論理的に間違っているに違いない」という奴。
経験的にいってそうであることのほうが多いでしょうが、どこまで行っても経験則であって、根拠なんざこれっぽっちもありはしないんですな、これって(笑)。
とはいえ、感情よりも理屈の方を先行させることができるかというと、それもまた難しい話で。
せめて「俺は今あれこれと理屈を捏ね回しているけれど、この根元の部分には感情が入り込んでいるのだ」という意識を常に働かせるよう、心がけていきたいものです。それがまた、バイアスに対する一番の対策にもなるでしょうしね。
付け加えると、相手に理屈の上では何の落ち度も無いことを認めた上で、それでもなお拭いきれない不快感を表明する。それでも十分な批判になり得るとも思うのです。



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posted by 旅烏 at 04:45| Comment(1) | TrackBack(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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